2007年8月1日(水)新潟中越沖地震、刈羽村でのボランティア報告


    

2007年7月16日(月)に、新潟中越沖地震は起こりました。3年前にも、中越地震が起きたばかりでした。新聞、テレビ、ラジオ、
インターネットの情報から、早く被災地に行って、ボランティア活動をしたいと願っていました。仕事の関係もあって、すぐには行くことは
できませんでしたが、地震発生から2週間後に、行くことができました。インターネットで、ボランティアバスが出ていることを知って、
それで、電話を入れて、行くことにしました。

2007年8月1日(水)

新幹線で佐久平、高崎、長岡と行きました。8時に長岡からボランティアバスが出ることになっていました。
バスでは、多くのボランティアが乗っていました。約50名程が乗っていたと思います。このバスは、刈羽村の災害ボランティアセンター
行きでした。センターでは、3つの場所に別れて、活動しました。私は最後のC班でした。高町サテライトが拠点でした。C班は、15名ぐらい
だったと思います。少し前に福井県からのボランティアが20名ほど、来て、活動の打ち合わせをしていました。私達は、しばらく待つことに
なりました。神戸の地震の時、三条市の洪水の時、中越地震の時も、そうでしたが、多くの外部のボランティアに仕事を探すことは大変な
ことです。待つことになることを覚悟しなければなりません。

この地域の村議のYさんが、常駐していて、仕事を探してくれました。Yさん自身も被災されているのです。
午前中は、ボランティアの広報活動、ニーズの発掘調査です。少しの時間だけでしたが、2人グループになって、指定された地域を
歩きました。建物を見る限り、それほど被害はないと思っていましたら、道路、家の入口、いろいろな所が、壊れていました。
各家庭を回りながら、少しですが、話を聞くことができました。最初は、緊張していましたが、話が進むと、いろいろなことを話して
下さいました。原発の仕事を失ったことや、同じ地震が、また来たことの何ともいえない気持ちと言うのでしょうか。壊れた箇所を直しても
また、地震が来るのではないか。だから、治すことができないと言うことでした。

お昼は、戻って、ボランティア仲間と頂きました。自己紹介をしました。長岡、見付、東京、茨城、神戸、遠くから来られて、それも何日も
続けての活動をしていると言う方が多くいました。若い方、働いている方、高齢の方、本当にいろいろな方が来られています。頭が下がります。
Yさんが、地元の方から、と言うことで、スイカを頂きました。美味しかったです。

昼休み休憩中に、近くの避難所に行き、高齢の方や、子供達に、機会があればマジックをしようかなあと思っていました。
おじいちゃん、お母さん、話をして下さいました。詳しくは書くことはできませんが、すべてを失うと言うことはどういうことか、聞かせて頂きました。
時間がなくなって、午後の活動に入りました。

午後は、近くの養鶏所の壊れた建物の瓦を取る作業、養鶏所の建物のトタンをはがす作業をしました。この家の方と作業をしながら、
地震のこと、今後の養鶏所の話を聞きました。地震にあって、3万羽の鳥の世話をすることができず、売ったこと、お金を出して、買って
もらったと言うことです。何かの肉になったのだろうと。壊れたすべてを直すためには、多額のお金がいるということ、そして、また地震が
起こるかもしれないと言う恐怖心があるのでしょう。これですべては終わりだと言っていました。

家の方が、私に、壊れた機械を触りながら、悲しそうに話して下しました。どのように受け止めていいのか、分かりませんでした。
帰りの予定の時間になって、帰って来ました。これから、ここはいったいどうなるのだろう。

帰りのバスの中では、参加された1人1人が、感想を話しました。活動の様子、被災された方から、親切にしてもらったことなど、
ボランティアに来て、よかったと言っていました。私もそうでした。ただ1日だけで申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
長岡駅に着き、新幹線で、高崎、佐久平と帰って来ました。家には、夜の7時半に戻りました。
今でも、いろいろな思いが私の頭をよぎっています。今回もそうですが、多くのボランティアが来ていました。本当にこれは素晴らしい
ことです。今の世の中、なかなか希望を見出すことが難しいですが、このボランティア活動は素晴らしいことです。これを特に知らせたいと
思います。また、近い内に、行きたいと願っています。


下記の写真は、刈羽村災害ボランティアセンターの被害写真からのものです。
私自身は、撮影することはすればできたのですが、あえてしませんでした。
被災された方々のことを思うと、どうしても撮ってはいけないと感じたからです。

災害状況写真


下高町 隆起する道路

刈羽 陥没した道路

線路に倒れこむ電柱

傾いた荒浜駅

崩れおちた車庫

村内各地で倒壊する家屋

自衛隊による給水

避難所の様子(第2体育館)

自衛隊によるお風呂が開設されました


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